かるごっち

「……そこで、現在のペット育成ゲーム隆盛の時代を鑑みまして、私が提案致します今度の新製品プロジェクトは次のようなものです。お手もとの企画書をご覧ください。ええ、そこで先程の話に戻りますが、今もっとも流行している子供用玩具は、いったい何でありましょうか。確かに、SOMY社の『ナマステ』、NEGA社の『ネガザザーン』などのいわゆる次世代機と呼ばれる一連のTVゲームは相変わらず隆盛です。しかし、ズバリ申し上げてあの単価は高すぎます。本体が2万円前後、もちろんそれだけでは遊ぶことができませんから、ソフトの購入も必要です。それが1本5,000円程度。これは競争の激化による人件費や開発費など徹底的なコストの縮減、生産はすでに全てアジア諸国、タイ、マレーシアなどの海外工場などに移し、ニーズに沿ったより質の高い内容を作るためのプロジェクトチームの編成とそれに伴う他社における有能な開発者の引き抜きというように、できるだけ単価を抑えてなおはじき出された数字であり、市場における希望小売価格としてこれ以下の水準を求めることはすでに限界、ほぼ不可能という現況です。しかしそれでもソフト1本が5,000円というのは金銭感覚のない子供たちにはどうということもないとはいえ、それを買ってあげる親にとってみれば、かなり手痛い出費です。しかも1本あれはそれで済むというものではありません。ゲームによっては、一度クリアしてしまえば話の鍵もクライマックスもすべて分かってしまい、もう一度遊ぶことができないという問題があります。それらは例えるならば一度読み終わった推理小説を、もう一度その謎に心躍らせて期待しながら読むようなものです。すなわちソフトは一度きりの娯楽であり、消耗品というわけです。したがって買い与えるソフトも2本、3本と増える一方で、きりがありません。そもそもハードの寿命からしてせいぜい3、4年といったところでありまして、まあ中には7、8年続いた一世代前のMIMTENDO『スーパーファルコン』のようなものもありますが、これはむしろ例外ととらえるべきものだと考えます。この不況の折、そんなプランを押し切るばかりでは、やがて行き詰まりが来るのではないか、と考えられるわけです。先ほど名前の挙がりましたNEGA社の『ネガザザーン』など、このほどブラックカラーのモデルを発表しましたが、これなど本体の見た目の色を変えたのみでハード、ソフトともスペックに何ら改良が加えられたわけではなく、これこそまさに苦肉の策と言ったもので、今申し上げましたようにこの業界としてのそういった方向への行き詰まりを如実に顕していると言えましょう。現在盛んにテレビCMをうち、新しいイメージキャラクター『根笠斬九郎』を立て、往年の名俳優である本猛 郷を起用して躍起に「ネガザザーン、クロ!」などと一大キャンペーンを展開しておりますが、その実、ネガザザーンはゲーム好きな高校生などの間では、NEGAグループの会長である相良氏とザザーンをもじって、『ネガサガラーン』などと呼ばれているくらいであります笑。このまま行けば、この不況のうえにさらなる多種業界からの新規参入、それによる競争の激化、中古ソフト産業の進出と規模拡大などの要因が重なり、進退窮まるのは目に見えております。……いえいえ部長、そうではありません。なにぶん構想がしっかりと固まってからこの会議まで日がなく、事前に皆様方に資料をお渡しして目を通していただくことが出来ずにいたものですから、今おっしゃったような疑問をもたれるのもごもっともですが、そのあたりはすべて今回お配りいたしましたそのお手もとの企画書に入っておりますので、こちらで説明を進めながらそれをご覧になっていただくということで、ご了承ください。ええ、話を戻させていただきますが、今回そこで私ども開発チームが目をつけましたのが、先ほど大流行し、いまだブームの熱冷めやらずといった感のある『たごまっち』です。これはもう皆様方ご存知のとおり、キーホルダー型のミニゲームでありまして、いわゆる総称「ペット育成型ゲーム」といわれるものです。しかもこれが斬新であったところは、それぞれ各人が育てたペット達を、機械をつなぐことによりペアにすることができ、さらに別に組んだペアと対戦が可能であるというところでした。資料をご覧ください。この商品パッケージに記載されている謳い文句によれば、例えばクラスメイトの友達同士など20人も集まれば、タッグの組み合わせがおよそ200通りほどもあるわけでして、そのうえ自分たちが手塩にかけて育てたペット達を戦わせるわけですから、感情移入の激しさも先のTVゲームで現在大人気であるRPGなどとは比べものになりません。しかも単価が2,000円前後と、かなりリーズナブルであり、構造もむしろ単純すぎるほどでありまして、液晶の画面にドット画像そのままのキャラクターであるため、たとえふた昔前の技術力だとしても十分に安価な大量生産が可能であります。参考までに申し上げますと、これにはすでに類似品も多数出回っておりまして、そこに記載しておりますように、ひと口にペットと言いましても犬・猫などの動物から、古代の恐竜、宇宙人までそれはもうさまざま、雑多な種類がありますが、それらについて一様に言えることは、どれも単なるブームの尻馬に乗った粗悪品に過ぎないということです。中には某社の『たこっちゅ』のように、たごまっちからペアによる対戦のシステムを除き、育成のみのより明解なシステムを売りにしたもかかわらず、説明書を隅から隅まで読んでも遊び方がどうしてもよく分からない、というものもあります。これなどは消費者のことなど全く考えず、いわゆるどさくさに紛れて売ってしまおうという粗暴な商品展開の典型と言えましょう。そんな製品を平気で世に送り出す、そのような不誠実な経営方針をこのまま続けるとすれば、その会社のため、ひいてはおもちゃ産業全体にとっても明らかに弊害であります。そこでですね。そこで本日提案いたしますのが今回のこのプロジェクト『かるごっち』です。コンセプトは『今までにない育成ゲーム』ということで、たごまっちとまず大きく違うところは、育てるものがペットではなく、人間のキャラクターだということです。つまりペット育成という、ここ数年進出してきた人気ジャンルと、以前より人気の高いRPGとの融合と考えていただければおおむね間違いございません。この近年人気を二分するジャンルを繋げ、ひとつにしてしまおうという全く新しい、実に前人未到、空前絶後の画期的な試みであります。それによりまず購買者の目を惹きつけ、かつ内容は単純にして明解、小さなお子さんから小・中・高校生、茶パツロンゲマユゲ日焼けルーズソックスのコギャルアイテムからお父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんの勉強の合間に、おしゃれのアイテムに、買い物帰りに、会社での一服に、散歩のお供に、お茶うけの御菓子とご一緒にというように、誰にでも入り込み易くそして分かり易い、まただからこそ奥も深く、いつまでも想像力を刺激して遊ぶことができる、まさに全く非の打ちどころの見られない、というプランであります。……はい、はい。そうです、まさにそこです。このプランの要は、これまですべての会社がまったく目を向けようとしなかったものでありまして、それがゆえにどの社も未だ着手せずにいた、いえ手をつけようなどということ自体に思いも至らなかったものであります。したがって手をこまねいて、などという以前に、それは企画段階での死角、デッドスポットにあったために今まで誰も気づかずにいたのです。……ええ、要するにですね、つまりは想像力なわけです。どんなに最新の機器を導入してCGを駆使し、専用のモニターを使用することによって高品質の映像をウリにしても、著名なシナリオライターを起用してストーリー性に主眼を置き力を注いだとしても、個人の持つ想像力の前ではまったくと言っていいほど……、いやこの際ハッキリ申しましょう、とても科学の力では到底追いつく事が不可能であるほど、人間の想像力というものは豊かであります。それはその時その時で千変万化し、周りからの情報で足りない部分は補完し、また必要でないものは自分でも気づかないうちに排除します。また自分の想像力は当たり前ですが自分のものであるために、自らに拒絶されることがありません。その汲めど尽きぬ泉、脳という豊饒な大地の恵みであるところの『想像力』を新製品の最大の武器として利用することは出来ないだろうか。そう考えたとき、これからのゲームのあり方が見えてきました。それは楽しさをこちらから押しつける物ではなく、あくまでその人間個人の想像力を刺激し、サポートするツールであるべきです。例を挙げましょう。このTVゲーム隆盛の時代、昔から存在する数多のアナログゲームは全て廃れ、絶滅してしまったのでしょうか。それは違います。最も古い歴史をもつトランプ、双六の類もあれば、最近でもボードゲームなどは新作が発表され続けております。それは需要があるからに他なりません。たしかにこういった遊戯にはいわゆるマニアという人種が固定客としてついていることも大きな要因としては挙げられますが、しかし一般的にもまだまだ流布していると考えて差し支えないと思われます。ちょっとした友人同士の集まりなど、いまだにトランプが最もメジャーな全員参加の遊戯です。どの家庭の押し入れの中にもこのような古き良き時代のゲームが必ず一つは眠っているはずです。この一事を考察してもなお分かりいただけるように、どんなに単純に見えるものであっても、それが想像力をかきたてる要素で構成されていれば、何十年という長いスパンで愛されることは他の言を待たずとも一目瞭然です。先ほど、科学の力では人間の想像力に追いつけない云々、ということを申し上げましたが、しかしもちろん私は神秘論者ではありませんで、むしろ科学の力を信ずる者でありますが、しかしですね、科学的だからこそ、と言いましょうか、先ほどの結論に至るわけです。分かり易く噛み砕いて説明致しますと、……まずひとつのゲームがあるとします。それを遊ぶのは誰でしょうか。それを仮にA君としましょう。そして、それで遊び、それを面白いと感ずるのは誰でしょうか。これも言わずもがなA君ですね。これがすべてなわけです。ここがもっとも大事なところであるわけです。これを念頭に置きつつ、少し話を変えて会社側、つまりゲームを世に送り出す側から見てみます。ここである会社がひとつのゲームを作りました。それは企画を立て、コンセプトとしてうち立てた面白さを、ユーザーたちに伝えて、楽しんでもらおうというものですが、ここが大切です。会社としてはユーザーたち全員に対して1つのテーマでたった1本のソフトを提供するわけですが、それはすなわち、コンセプトの範囲内で最大公約数的な面白さをその1本にのせて、万人にそこそこ受ければいいという『妥協』ということです。これではいくら科学が進歩しようとも、いやたとえ技術面での科学以外の、企画段階で応用される集団心理学、また広い意味での社会経済学などがいくら発展しようとも、かえって面白いゲームが生まれるわけがありません。なぜなら、それらの進歩にすがってゲームを企画するということはイコール、ここで肝心な『個人の感じる面白さ』をどんどん薄めていく作業であるということに他ならないからです。そこで、そこでこの『かるごっち』の企画ですが、これが今までの電子ゲームと全くその意義を異にするのは、先ほどから口を酸っぱくして申し上げておりますように、ひとりの人間の想像力を最大限に刺激し、それによって各人が別々な面白さを、それぞれで享受することができるというところです。つまりそのゲームが受け入れられるかどうかの最大のネックであるゲーム自体の面白さを創りあげる作業を、今までのように企業側ではなく、それで遊ぶ各個人に任せてしまおうという、ぶっちゃけた話こちらは特に頭を悩ませる必要がない、実に横着で企業側も楽ができる上に、プレイヤーにもそれぞれ最高の面白さが手に入る、これぞ一挙両得、一石二鳥、漁夫之利というわけでして。そしてその面白さというのは、今までのように周りからの情報によって知らず知らずとはいえ半ば強制されてきた、しかもその及ぶ範囲・量・質などに限りのあるものではなく、自分が自分にぴったりと合ったものを見つけることによって内より常に生産され続けるものであります。つまるところ、この『かるごっち』が提供するのは単純に想像力の生産のための燃料と申しますか、先に申し上げましたようにあくまでサポート的な立場からの刺激にとどめたものであるわけです。そうすることにより、たとえばよくありがちなんですがゲームのストーリーを追って行くうちに、ちょっとした違和感と言いますか、何となくここが違う、といった感覚を覚えることがよくあるものです。それこそまさに最大公約数に薄められたものであるがゆえの自分に適合できない部分の発露であるわけでして、このような些細とはいえ純粋にゲームを楽しむための妨げになるような事象が全て排除できるという仕組みにもなっております。ここまで消費者のニーズを考えた製品開発こそが、これからの業界に不可欠なものではないかと考えるものであります。……はい、はい。それではとりあえずこの企画の最重要にしてコンセプトの中心に据えられた思想と申しますか、屋台骨は先ほどご説明申し上げたところでお分かりいただけたと思いますので、具体的な中身にうつりますが、製品の形状・重量・基盤など、規格の部分は企画書の最後に添付してあります設計図を後ほどご参照いただくということに代えさせていただきましてここでは割愛させていただきます。次に肝心なゲーム自体の内容ですが、これは人間を育てるというコンセプトから、路上での調査はもとよりインターネットを最大活用することによって得た膨大な量のアンケートを参考にいたしまして熟慮の末、プロレスラーに代表される『格闘技の選手』育成、暫定ではありますがこの方向で進めております。プレイヤー、つまりかるごっちで遊ぶ人間は、名トレーナーという役どころで選手を育てていくわけです。毎日の基礎練習を始め、筋力・瞬発力・耐久力・柔軟性・機動性などを鍛える各種トレーニング、強靭な肉体を造り、維持するための食事メニューの作成と節制など、もちろんあまりにハードなトレーニングや無理なスパーリングを続ければ病気にもなり、怪我もします。それは病院に行かせて治療を受けさせたり、場合によっては入院させなければいけません。またこれは蛇足とも思えるため未だ組み込むかどうか思案中ではありますが、コンピューターの相手と簡単な試合をすることも勘案中であります。さて次の問題はその格闘技にいったい何をもってくるか、ということでした。現在その方面でもっとも衆目を集めているのは『競腕グランプリ』などの、いわゆるバーリ・トゥードと呼ばれる禁じ手なしの他流試合でありますが、これは文字どおり血を見るのが当たり前の世界で殺伐としすぎているため、子供からお年寄りまでをターゲットにした『かるごっち』のテーマとしては避けた方が賢明ではないかという声があり、しかし柔道やテコンドーではどうもぱっとしない。ということで、以前から人気の高いプロレスや大相撲が妥当だろうということで、最後まで争った末、ゲームとしてしっくりくる上にパフォーマンス性にも優れ、かつディフォルメがしやすいという理由からプロレスの採用が決定しました。そこで、プロレスラーの育成における名トレーナーのモデルとしてふさわしい人物を、資料という資料をあたり尽くして検討いたしました。これはこのゲーム企画最後のツメといっても過言ではない肝要な部分でありますから、あらゆるつてをたどり、国会図書館からマニアに対する取材から、新聞社では50年前の記事までさかのぼってファイルを検索・作成し、フロッピーに収めてまいりました。それらを検討した結果決定いたしましたのが、いま皆様のお手もとの企画書の表紙にも大きく印刷されております、このゲームの商品名『かるごっち』の由来であります往年の名レスラー、カール・ゴッチ氏であります。彼の詳しい略歴等はやはりそちらの企画書に合わせて転載しておりますのでそちらをご覧になっていただくといたしまして、もう1つの案としては『ぶるーの・さんまるっち』という、ご存じない方のために少し説明申し上げますと、やはりその昔勇名を馳せたレスラーからのネーミングもありましたが、これは単純に商品名としては長すぎて耳に響かないという理由で却下されました。これはまたほんのお遊び程度の隠れキャラとしてゲーム上に登場させる予定もありますが、今のところ決定しているのはそんなところでして……。それでは続きまして、詳しいゲームの進め方の説明につきまして、プレイヤーの視点に沿って順に追って参りたいと思います。実際の画面のイメージと各コマンドなどゲームを進めるにあたっての説明が企画書の方にございますので、説明と合わせてご覧になりますとより分かり易いかと存じます。それでは12ページをまずお開きください……」

 3ヶ月後。

「……前回の会議で私がプレゼンテーションいたしました『かるごっち』は非常に遺憾ではありましたがとりあえず保留という形になりました。そこで今回はそれについてよりディテールを徹底的に再検討し、さらに欠けたものを補いましてこれこそまさに完璧、画竜点睛ともいうべき核となるアイデアをふんだんに盛り込み、絢爛豪華、先のものより一層パワーアップした企画を考えてまいりました。今回私が提案いたしますのは育成ゲーム『ますたっち』です。これはこれ以上手を加えるべき箇所はないというところまで突き詰めたつもりでありました前回のプロジェクトにさらなる検討、推敲、研鑽を重ね、より改良をくわえたこれこそまさに決定版とも言うべきもので、簡単にご説明申し上げますと、まずプレイヤーは著名な空手家となり……」

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