えんらえんら

 あれはまだ、私が自分の名前も満足に書けないほど幼かったころの話です。家族皆で父方の祖母の家に、といっても私はひとりっ子でしたから父母子の三人だけ、遊びに行った時のことでした。
 祖父はもう私の生まれるずっと前に他界しておりましたから、祖母は高知の片田舎で1匹の柴犬と、ひっそり暮らしておりました。
 父は血を分けた実の母親に会いに行くというのが恥ずかしいのでしょう、帰省するのをあまり好まない人でした。それでいつも顔を出しに行くのは母と私の二人だけでしたが、どういう風の吹き回しかその時は、俺も行くと言ってついて来たのでした。祖母もだいぶ年がいっておりましたから、たぶんそろそろ顔を見せておいたほうがよいと思ったのでしょう。
 夜行で出発して、向こうの駅に着いたのは次の日の夕方頃でした。久しぶりに大好きな祖母の家へ行くというのではしゃぎ疲れてしまって、列車の中でひとりまだ早いうちからぐっすりと寝入ってしまい、気がついたらすでに着いていたという塩梅でした。
 それからバスと歩きで随分と行って畦道の先にやっと着いた祖母の家は、去年母と二人で訪ねた時からまったく変わっておりませんでした。辺りでコオロギやバッタの鳴く声や、家をすっぽりと覆うように生えた竹林をさらさらと風が通っていく音が、去年の思い出とあいまってとても懐かしかったのを今でもはっきりと憶えております。
 軋む引き戸を開けて玄関に入ると、祖母が皺だらけの顔をもっとシワクチャにして私たちを迎えてくれました。祖母は父の心配などどこ吹く風、かくしゃくとこそしておりませんでしたが、幼かった私の目には随分と元気であるように思えました。あの日、夕飯の食卓に出された祖母の大根の糠漬けの味を、私はずっと忘れないでしょう。
 着いた次の朝、父は母を自転車の後ろに乗せてギイギイ、買い物に行ってしまいました。
 残された私は、小さな子供一人で遠出することもできず、かといって祖母も足腰がすっかり弱っておりましたからもっぱら庭先で犬とじゃれあったり、すぐ裏手に流れる小川でオタマジャクシや蛙を捕まえたりすることに夢中になっていました。
 大きなザリガニを何匹もプラスチックのバケツ一杯にして家へ戻ってみると、縁側で日なたぼっこをしながらお茶を飲んでいた祖母が、私に向かって手招きをしていました。
「たくさんとれたかい」
「うん」
 私は自分の小さな冒険譚にやはり夢中でした。大袈裟に身振り手振りを交え、興奮し疲れて喉がからからになったころ、祖母が冷たい麦茶を注いでくれました。
「さあさあ疲れたろ、これをお飲みな。今度はおばあちゃんがお話をしてあげよ」
そう言うと体を少しずらして、私の座っているほうへと向きました。
「カズや」
 その時の祖母には、それに気がつくほど大人ではない私でさえ少しく畏まってしまうような、そんな雰囲気が漂っておりました。まるで何か大切な宝物を渡すようでした。
「カズや。これからばあちゃんが昔話をしよう。カズはまだ小っこいから、ばあちゃんの話がよくわからんかも知れんが、ちょと我慢して聞いておくれな」
 そう言うと祖母はまぶしい日差しへわざと顔を仰いで、目をなくなるくらいに細めてにっこり笑いました。
「あたしの顔がまだこんなシワクチャのばあちゃんじゃない。もっともっと、若くてきれいなころの話さね…」


 ひとりの、年頃の娘がおりましたとさ。娘は片親だったが、そりゃあ気丈な子だった。
 娘は一人の男と文を交わしていたとさ。今の言葉で言えば文通をしていた。
 二人とも同じ村で、暑い日寒い日、春夏秋冬、文でお互いの気持ちを確かめ合っていたが、まもなく結婚して毎日幸せに暮らしておった。
 親から譲り受けた小さな畑で、なんとか二人でやっていけそうだった。夫の方はあまり身体が頑丈じゃなかったで、お互い助け合ってなあ。相手に楽をさせたいと心苦しく思ってはいたけども、辛いことはなかったのさ。
 毎日々々そんな幸せな日がずうっと続くと信じて疑わんかった二人のまわりでは、世間様がどんどんどんどん物騒になって、そんなある日二人のもとに一通の手紙が届けられたのさ。
汗と埃にまみれた、しわくちゃの手紙だ。受け取った二人とも、それを見て生まれて初めて神様というものを恨んだ。
 なぜかって。
 その紙が真っ赤な不吉な色をしていたからさ。
 ……それから娘は家のなか、たった独りになってしまった。
 連れて行かれる清吉にすがりついて軍人に打擲された痣と、心配で夜もろくに眠れない目の下の隈のせいで、娘の器量はそりゃあひどいもんになってしまった。
 でも娘はあきらめたわけじゃなかったよ。
 女手一つで毎日、いつか帰って来る夫のために家の隅々まできちんと掃除して、辛い畑の世話も怠らず、辺りの家事をみな手伝って、幾月か経った頃には前と変わらぬ笑顔が戻った。村の連中はホッと胸をなでおろして、娘が立ち直ってくれたことに喜んだものさ。みな娘の心中は察していたが、それだけにうかつなことは言えなかった。
 そんなある晩、娘が急に苦しみだしたんだ。その時いっしょに夕餉の仕度をしていた隣の婆がお医者を呼んでな。もう村中大騒ぎさ。娘の健気さを知らぬ者は、この村には誰一人おらんかった。あっという間に噂が広がって、みな心配面を集めて娘の家に集まって来た。
 連中は、みなたいそう喜んだよ。
 清吉がな。自分の忘れ形見を置いて行ったのさ。
 娘はうすうす気づいていたが、まさに玉のようなかわいいかわいい赤ん坊が生まれたよ。
 それからはもう、先に輪をかけて村中が大騒ぎさ。女たちはかわるがわる娘の手をとって、涙を流して喜ぶ、男どもはめいめい我が家にとって返して、御神酒、赤飯、さっそく祝いの仕度だ。しまいにゃあ、神主と坊主が仲良くいっしょに踊り出す乱痴気騒ぎだった。
 そりゃあ娘も嬉しくて嬉しくてしょうがないようだった。だけどお腹を痛めて子を産むと、まもなく村の皆が止めるのも聞かずに前と同じに身体に鞭打って働きだした。
 それはね。
 いくらかけがえのない、自分のお腹を痛めて産んだ子でも、それを代わりにあの人をあきらめることは、娘にはできなかったのさ。かえって夫が戻る日のために、「お帰りなさい。私たちの子よ」と言って夫を迎える日のために、前よりもっと一所懸命になって働いたさ。
 村の連中は娘のそういう姿を見るたび、いろいろ気をつかってくれた。
 それから何年も経ってあの忌まわしい思い出、今となってはただ夢のような遠いできごとが終わっても、夫は一向に帰って来なかった。
 まだまだずっと何年も待って、やっと娘のもとに帰って来たのは、夫の戦死の知らせをもった友人が首に掛けた四角い木箱に納められている、誰のものとも知れない一片の骨と白い粉だけだった。
 娘は泣いた。泣いたよ。くやしくて悲しくて淋しくて、何日も何日も涙が涸れるほど泣きじゃくった。自分から清吉を奪っていった戦争を、この御国を、亜米利加を、海の向こうもこっちも、ぜんぶ憎んだ。
 このまま愛する夫の後を追うことも考えたけれど、残された清一郎を思えばそんなことはできなかった。あの子こそ、手紙を書くのが好きだった清吉が託した、最期の文だ。どんな飾られた文句も実直な言葉も、どれほど書き連ねた手紙でも語り尽くすことのできぬ娘への想いのたけが、あの子のなかにすべて詰まっている。そう思えば死ぬことなどできないさね。
 そうは思えど娘の心の傷が癒されたわけじゃあない。それからしばらくは、また前のようすに戻ってしまったよ。
 でも、このままじゃあいけない。なによりあの世の清吉が喜ぶことじゃないと、娘は考え直したんだろうね。仏壇を作って、その横に位牌代わりの板の切れっ端と昔の写真を一つだけ残して、ほかの写真やら手紙の束やらは、みな荼毘に付してしまうことにした。残しておけばいつまでたってもそれに縛られてしまうと思ったんだ。
 それである日、小さな庭でたき火を焚いた。家中の写真やら手紙の束やらを集めて、みな燃やしてしまうことにしたんだ。そのときの娘の顔といったら、そりゃあ酷いものだったよ。一心不乱に炎中を見つめながら、手紙を手に取るそのたびに泣き出しそうなのを一所懸命堪えていたよ。
 手紙の束をほどいて、一枚一枚ゆっくり時間をかけて清吉との思い出に触れながら、それを火にくべていった。どんどん燃える。渇いた田んぼの土に水がしみていくように、写真にじんわりと火がうつる。最初、浴衣の糸魚のようなそれがあっという間に大きく広がって、燃えかすになって、ぼろぼろに砕けちまう。
 夫といっしょに過ごしてきた思い出が、小さな小さな、本当に小さなかけらになって、ゆらゆらと陽炎にのって雲の上へと帰る。見ればまっ白い雪が、まだ夏の蝉の鳴き声も消えないのにちらほらと降りだした。
 開け放した雨戸の向こうでは、まだなにもわからぬ清一郎がうす暗い中、畳に敷いた布団の上ですやすや寝息をたてている。
 煙がしみる娘の目の奥からだんだん、とめどもなく涙が流れあふれた。涙と洟水にまみれた手紙を次々と、たき火の中へ落としていったよ。
 娘はいまや力なくくずおれて、幾束か最後に残った手紙を手に、子供のように泣きじゃくっていたよ。
 するとまわりをゆらゆらふわふわ漂っていた白い煙が、風もないのにだんだんと娘の肩にまといつくように集まった。まるで煙が、独りぼっちになった娘にやさしく話しかけているようだったよ。ちょうど娘の目の高さでゆれる煙が、心配そうな顔をして娘から離れなんだ。
 煙は何か言っているようだったよ。すると不思議なことに、ただかすかな風にそよぐ煙のなかに愛しい清吉の顔が見えるじゃないか。優しい優しい夫が、何を語っているのかは聞こえんが、なぜだか娘にはわかるような気がしたのさ。
 それで、わかった。
 人間はたぶんみな死ぬと空気みたくなって、広い空の上をゆらゆらとふわふわと漂いながら、一番大事に想う人の処へ、飛んでゆくのだと。
 夫は声も届かぬ果てへ行ってしまったが、たしかに確かにここに居るのだと。
 そうして今でも、清吉とわしはどこかでつながっているのだと。


 それからひと月と経たないうちに、あれほど元気に見えた祖母は息を引きとりました。父も母もまったく大慌てで駆けつけてみると、村医者の傍らで祖母は特別苦しんだ様子もなく、顔に安らかな笑みさえ浮かべて、昨日干したばかりだという布団の上に静かに横たわっておりました。
 最期を看取った隣人の話では、うわごとで父と私の名をしきりに呼んでいたそうです。
 まるで一家団欒のなか、愛する息子や孫たちに囲まれているような、嬉しそうな声で呼びかけていたそうです。

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